社会

語呂合わせで覚えよう!シリーズ第2弾~1853年~

語呂合わせ

吉岡先生

こんにちは、さくらっこくん。

社会担当の吉岡です。

 

こんにちは、吉岡先生!

この前の、日清戦争が始まった年一杯食うよ(1894年)日清UFOが頭から離れないよ!

今日はどんな語呂合わせを教えてくれるんだろう?

 

吉岡先生

覚えてくれてうれしいです。(*^^*)

見ていない方は、こちらから!

前回のブログ

今日は日本が江戸時代

60歳近くのベテランアメリカ軍人ペリーさんが4隻の軍艦を率いて

浦賀(現在の神奈川県の横須賀市)に現れ、開国を要求した年の1853年です。

当時、日本は鎖国中だったので、江戸幕府は長崎でなければ交渉しないと主張したのだけれど、

ペリーさんは強気に江戸湾(現在の東京湾)に侵入し、大砲を見せつけて圧力をかけたんです。

 

幕府はアメリカに大砲ドカーンなんて打たれたら…

と思うとゾッとしたんだろうね。

 

吉岡先生

そうですね。アメリカ使節*ペリーが浦賀に来航して開国をせまった1853年

イヤでござんす、ペリーさんで覚えましょう!

*使節…国の代表として、国家や君主の命令を受けて他国と交渉する仕事をする人。

 

イヤでござんす…!

とてもユーモアのある覚え方でおもしろいね!!

 

吉岡先生

実際、発砲禁止令が大統領から出ていたので、

ペリーさんは大砲を打つ気はありませんでした。

また乗っている蒸気船の石炭補給なども必要で、

その補給路確保もしないといけなくてアメリカ側も必死の交渉だったんですよ。

結局、ペリーさんの勢いに負けて、

幕府はアメリカの開国要求の国書を受け取ってしまったのです。

さらに、ペリーさんは「1年後にまた来るぞ~!」って言い残したとか。

 

その後、どうなったの?

 

吉岡先生

1853年の1年後、宣言どおり、

ペリーさんが7隻の軍艦で再び来て結んだのが日米和親条約です。

1853年+(プラス)1年で覚えましょう。

 

☆日米和親条約の内容☆

① 燃料・食糧の供給と難破船の救助

② 下田(静岡県の伊豆半島南部)・箱館(現在の北海道の函館)の開港と領事駐在権の承認

③ 最恵国待遇の供与

※日本が他国に何らかの特権を与えた場合はアメリカにも同様の特権を与えるということ

 

②がとても大事だね!

 

吉岡先生

ちなみに、なぜ函館?と思うかもしれないけれど、当時アメリカもクジラを捕まえていて、

その捕鯨船が津軽海峡を抜けて日本海まで来ていたから、絶好の場所だったんだよ。

 

アメリカもクジラを捕っていたの!?

 

吉岡先生

そう、主に油を使うために捕まえていたんだよ。

当時、鯨油は灯火用燃料や洗剤などに使われていて重要だったんだよ。

 

そうだったんだぁ~。

開港場所にもちゃんと理由があるんだね。

 

吉岡先生

今回は、1853年を覚えてその1年後に日米和親条約を結ぶということを覚えましょう。

ちなみに、1854年は、アメリカと親しくなるか悩みまくって一夜越しって覚えるのもありです。

 

はーい!

1853年からの流れで覚えるといいんだね!

 

吉岡先生

そうですね。では、さくらっこくん、また一緒に勉強しましょうね。

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